明日、日米首脳会談が行われます。昨日の参議院予算委員会で伊勢崎賢治議員は、東京のオマーン大使と共に他の湾岸諸国の大使に呼びかけ、イランへの非難の連鎖ではなく、停戦と核交渉への復帰を求めていることを伝えると共に、高市総理には、トランプ大統領に停戦を説得して欲しいと『切なる願い』を伝えました。アメリカとイランの交渉を粘り強く仲介してきたオマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディー外務大臣によると、
- 核弾頭の製造につながる核物質を保有しない。
- 既存の濃縮ウランのすべてを可能な限り低濃度にして燃料化する。
- IAEAの全面的な査察を受け入れる。
この全てに、イランは同意していたとのことです。外交の出口が見えていたにもかかわらず、戦争が選択されてしまったことを何とか止めるための説得力のある質疑でした。国内に米軍基地を抱える湾岸諸国はこの戦争の巻き添えでイランの攻撃を受けていますが、それはそもそもアメリカやイスラエルが攻撃したからであり、イランだけを非難するのは全く説得力を持ちません。
国会議員による平和外交は様々な方法があります。大使との会談・説得の他、市民社会、研究者、また当該国に出かけての政治家との会談を通して、事態を動かすことは国会議員にとっての重要な役割です。
昨年3月6日、私もイラン大使館を訪ねてセアダット大使と会談していました。セアダット大使は、日本はG7諸国と比較するとイランとは伝統的に友好関係にあり、日本が核問題について公正な仲介者としてフェアな対話の環境を作ることを期待していました。残念ながら、私の力は及ばず、結局この役割を果たしたのはオマーンだったのですが、日本が仲介役だったら、トランプ大統領はいきなり攻撃を仕掛けていたかどうか。違った展開もあり得たかもしれません。
大使はまた、アメリカの占領統治の失敗によるアフガニスタンからの難民は今、600万人強に増えている。長年の経済制裁によって疲弊し、イラン社会に溶け込んで生活していたアフガニスタンの方々を支えきれなくなっているとも嘆いていました。600万人というのは人口の約6.5%。社会における大変な負担だと思いますが、それでも基本追い返すことはないというのは驚くべきことです。
イランという国について、誤解している人が多いのですが、私がこれまで行った約70か国の中でも、ミャンマーと並んで人々がとにかく親切な国です。私は2002年にイラン国内のコムという町の近くのアフガニスタン難民キャンプでの選挙支援に関わったのですが、その時の通訳は、とにかく客人歓待というイスラム教の教えを大切にする人でした。10日ほど通訳をしてもらったのですが、最終日、ペルシャ絨毯の仕入れ問屋のような場所に連れていかれ、「プレゼントしたい。どれでもいいので絨毯を選んでくれ!」と言うのです。絨毯はどれも高価なもので、私は固辞したのですが、「友情の証だ!」と聞きません。仕方なく、一番小さな絨毯を選んだのですが、それでも、彼に払った通訳料のおよそ半分の額でした。今でも家にありますが、この絨毯を見るたびに思い出すのは、「客人をもてなすのは、当たり前のこと。我々の文化だ」という言葉と共に「いずれアメリカはイランの石油を狙って攻めてくる。でも、そのための備えはすでにできている。最後は我々が勝つ」という彼の決意に満ちた表情です。
ミッションの帰りに彼はペルシャ・イスラム建築の最高峰とされるイスファハーンの世界遺産を案内してくれたのですが、イマームのモスクなどを見た後、木陰で涼んでいるとイスファハーン大学の女子学生が通りかかりました。神秘的なたたずまいとは裏腹に、人懐こい可愛らしい表情で次々に微笑みかけてくれる様子もとても印象的でした。
トランプ大統領がゲームのように空爆を続けるその下には、まさに人々の生活があります。一刻も早い停戦に向けて、元駐日本大使で知日派のアラグチ外務大臣とのパイプも使い、まずは可能な限りの仲介努力をすべきです。

























